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西崎義展と「宇宙戦艦ヤマト」

「宇宙戦艦ヤマト」が大ブームとなったときは小学生だった。

その後大人になっても「ヤマト」は継続していて・・・・あまり期待もせずに見ることは見て・・・そんな感じだった。

岡田斗司夫氏はこのような現象を「昔、楽しませてもらったことへのお礼も込めた税金」と呼んでいた。


そんな思いと抱きながら「西崎義展の狂気」を読了した。




西崎義展は当然、「ヤマト」のプロデューサーだ。

常識を超えた人物ぶりが読んでいて非常に興味深かった。

したたかに、そして強引に物事を進めようとする姿が興味深く、引き込まれてしまった。


もちろん当時のSFブームについてのノスタルジーも感じられる。
あの70年代の後半から始まったSFブームを体験した人なら読んで損はない。


しかし、西崎氏は「ヤマト」という作品以外はあまり印象がない。

手塚治虫との関連についても本書を読むまで意識したこともなかった。

「ヤマト」以前の作品についてもあまり考えたこともなかった。


しかし、「ヤマト」の大ヒット以降、「ヤマト」を越えられなかったこと、これがこの人物の悲劇なのだろう。

当人もそれには気づいていたことが本書を読むとよくわかる。

しかし「宇宙空母ブルーノア」だの「オーディーン/光子帆船スターライト」などなんだか「戦艦」や「帆船」など船を宇宙に飛ばすというイメージから抜け出せなかった気がする。





記憶にある限りでは「宇宙空母ブルーノア」は「宇宙空母」を名乗っていながら宇宙にはなかなかいかなかった気がする。

「オーディーン」に関しては「宇宙を飛ぶ帆船」のイメージは「宇宙からのメッセージ」でもうやっていたし、「メッセージ」の方が内容はともかく「宇宙帆船」のイメージを実写で表現していて美しかった。





個人的に私が「ヤマト」に完全に冷めたのは西崎氏が石原慎太郎あたりをやたらと重用したことだろう。

たしか「ヤマト」のビデオオリジナル作品だったかで「YAMATO2520」というのがあったのを記憶している。90年代の中ごろだっただろうか。



この作品に実は期待していた。アニメはほとんど当時見なかったのだが、この「YAMATO2520」は新型の宇宙戦艦ヤマトとしてあのシド・ミードがデザインにあたっていた。

ミードといえば「ブレードランナー」「2010年」など数多くのSF映画のデザインを手がけた人物だ。

90年代になって活躍の場がなんだかしょぼくなってきていて「タイムコップ」のデザインを担当した時には、そのデザインが非常にチープに映像化されていたのにはガッカリしたのを記憶している。




それから日本の魔法瓶のデザインなんかも担当していたような気が・・・・。

日本のアニメとくにガンダムのデザインも数多く発表していた。のちに「ターンAガンダム」のデザインをしていたんじゃなかったかな?
作品は見ていないけど、デザイン集は買った。






話を「YAMATO2520」に戻そう。


とにかくミードが日本のアニメのデザイン、しかもヤマトのデザインをすると聞いて、さっそくプロモーションビデオを借りてきて見たのを覚えている。

まあ、その中で石原慎太郎が出てきたのを見ただけでうんざりしてきた。

また西崎氏がミードのデザインした新型ヤマトの模型を誇らしそうに当時、都知事だった石原慎太郎に見せているシーンが流れた。




石原氏はどうなってしまったのだろうか。
最近の都知事選での大失態(これは息子の問題も大きいのだが)、築地移転をめぐる問題、全部、最悪の一手を打っている。

あの「太陽に季節」を書いた石原氏はどこにいってしまったのか・・・。



散発的に「文芸春秋」などに発表される論考や田中角栄を描いた最新作「天才」どれを読んでも「太陽の季節」を書いた人物と同一人物とは思えない。


石原氏のかかわる映画作品も(少なくとも最近の作品は)うすっぺらくセンチメンタルだ。
石原氏が製作総指揮を務めた「俺は、君のためにこそ死ににいく」はタイトルを見ただけで内容が分かってしまうような作品。




石原節の説教を金を払って見に行くような気がして、見る気もおきなかった(結局、見たが・・・最初の印象のままの作品だった)。

そんな石原氏が原作と脚本に参加した「宇宙戦艦ヤマト/復活編」。



まあ、もうやめておけば・・・と思ったのを覚えている。

「さらば宇宙戦艦ヤマト」といっておいて「新たなる旅立ち」だの「完結編」ときて今度は「復活」か!その手があったか!というくらいうんざりはしていた・・・でもあの一作目の熱狂と面白さを思い出すと観たくなってしまう・・・。

そんな心境だった。

あの一作目の「ヤマト」を見た世代にはどうしても根底にあの「熱狂」が刷り込まれているのだ。

だから沖田艦長が「脳死を誤診した」だのわけのわからん理由でよみがえっても許してしまっていたのだ。

だから、「復活編」も見に行った。しかし「復活編」のひどさは・・・・もう・・・・。


設定がまず「さよならジュピター」。



SFというのは現代の問題を「SF」の設定を借りて問いかける、という側面がある。
しかし、だ。

「復活編」はストレートにアメリカと国連を批判し、現代の石油をめぐる利権をそのまま宇宙に持っていっただけ、というのが一瞬でわかる、というかストレートすぎる。

これではメタファーとして機能しておらず、なんだか胡散臭いだけだった。

往年の文学的センスが失われてしまった石原氏がかかわったことがいけなかったのか、と邪推したくなった。
アメリカ嫌いの石原の思想が「ヤマト」を蝕んだとうな思いにとらわれるいやな気持ちにさせられた作品だった。

残念な話だ。



しかしこの「西崎義展の狂気」を読んで、初めて西崎の銃刀法違反の逮捕にも裏には石原氏の存在があったことを知った。


初めて「太陽の季節」を読んだときの衝撃を思うと、なぜこんなことになったのか、現在の石原氏の姿に「年を取る」ことの難しさを感じる。


さて西崎氏の作品を考えるに当人が「ヤマト」から脱却できなかった悲劇もあるが、他作品を目指してもがいていたのもよくわかった。

「パッセンジャー/過ぎ去りし日々」は西崎氏が製作総指揮だったのを初めて知った。



これは私の心から愛するダメ映画(誉め言葉)だ。

バイクレーサーの兄、そしてロックシンガーの妹、この極端な設定(つまり鑑賞者の共感を呼べない設定)。
旬を外れたハリウッド俳優の登用。これがキー・ホイ・クアン(「インディー・ジョーンズ/魔宮の伝説」)の登用という微妙な人選!


問題となった松本零士との確執、角川春樹に対するライバル心など、西崎氏の人生が存分に描かれていて読みごたえは抜群だ。


そうか・・・やはり西崎氏は日本映画に大きな影響を残した偉大な人だったのだなあ、と読後感は最高だった。





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  • Date : 2016-10-10 (Mon)
  • Category : 書籍
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