プロフィール

maribu

Author:maribu
FC2ブログへようこそ!

FC2カウンター

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-

Comment

Comment Form

Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
-

Trackback

Trackback URL

556

新旧「日本のいちばん長い日」を見比べる








ポツダム宣言受諾と天皇陛下の玉音放送にいたるまでを描いた緊迫の24時間を描いた映画。

半藤一利氏の原作(ノンフィクション)がもとになっている。
ノルマンディー上陸を描いた「史上最大の作戦」の原題「The Longest Day(いちばん長い日)」に呼応する形での題名になっている。

岡本喜八監督によって1967年にそして昨年原田真二監督によって映画化されている。


両作品を見比べてみた。
岡本喜八監督による1967年版は「あの日、実際に何があったのか」を正確に描くことにこだわって製作された、とされている。
モノクロ画像の荒い印象とナレーションも相まって岡本版は大変にリアルに描かれている印象がある。

一方、原田版はエンターテイメント性が組み込まれていて、歴史の裏話を描く映画作品として成立している。
その違いは侍従の描き方によく表れている。岡本版では侍従は小林桂樹を代表する俳優たちによって勇敢で立派に描かれているが原田版ではちょっとコミカルに描かれている。
わかりやすさにこだわった描写だろう。

原田版では自刃する阿南惟幾の妻にも焦点が置かれており、また出征で亡くなった阿南の次男の死に際の姿が物語のひとつのプロットになっている。
さらに岡本版になく原田版で描かれている点に東条英機の姿があげられる。

岡本版で描かれなかった東条英機が原田版では大いに活躍(?)している。確かに太平洋戦争開戦の重要人物である東条がこの「日本のいちばん長い日」に何をしていたのか、は描かれなければいけない要素だろう。

東条を巡っては、一部に現在でも高く評価する動きがある。東京裁判においては「アメリカに臆せず、日本の立場を堂々と主張して戦った」などという考え方もあるようだ。小林よしのり氏は作品でかつてこの視点に立っていたように思う(小林氏の視点は時代とおもに移り変わる傾向があるので現在どうなっているのかは知らない、勉強不足を恥じる次第である)。

90年代の後半にはなんだか東条に同情的な意見も多かったように思う。
津川雅彦主演で「プライド」なんていう東条を英雄的に描いた作品もあった。





しかし、東条は第二次世界大戦に日本が参戦した時点の各国のリーダーたちの中で最も「つまらない人間」だったという評価が一般的なように思われる。歴史家の保坂正康氏の著作でも再三述べられているが東条は「海軍と天皇の顔を見てバランスをとること」に終始した「事なかれ主義者」に過ぎなかった。




平時には構わないが、こんなタイプに戦争開始という重大な局面を担当できるはずはなかったのだ。
欧米では東条をヒトラーと同等にとらえる向きがあるが、東条はヒトラーと並び称されるほどの人物ではない。



ときに過激な主張をする石原慎太郎氏すらも東条は高く評価していない節がある。

余談だが、数年前にヒトラーの肖像を加工してひげをそってしまい、スーツを着せた写真を公開されたことがある。
そこにあるのは、どこにでもいるただの中年男だった。

am0vDmy_700b.jpg



東条も同じ加工をすると興味深いかもしれない。
東条のひげをそり落とし、軍服をスーツに変えてしまえばどうだろうか?そこには現代の日本にもよくいそうな中間管理職のような初老の人物が出現しそうだ。
軍服はどうしても人に敬意を抱かさるようにデザインされているのえ本質を見誤る可能性がある。注意しなければならない。

さて、その東条だが原田版では最初こそ檄を飛ばし勇敢に描かれているが、天皇に向かってサザエを使った喩えを注意されて小さくなってしまう姿が描かれている。

両作品を見て考えなければいけないのが、日本の運命を左右する戦時国策を作っている軍部の作戦立案者たちの未熟なまでの若さだ。

一般的に太平洋戦争は日本の「軍部」の暴走が引き起こした、とよく言われる。
しかし、「軍部」という漠然とした組織はいったい何なのか?

保阪正康氏は「軍部」とは陸軍軍務局の軍務課/軍事課と参謀本部作戦部である、と述べている。

両作品においてポスダム宣言受諾に対抗してクーデターを企てる中心人物の一人のはこの陸軍軍務局所属の畑中健二だ。


Major_Kenji_Hatanaka.jpg畑中

映画からもわかるが、ここにいたのは30代の若手が中心で、机上の空論のように作戦の立案を行っていた。
保阪氏によれば、ここに所属していた若手は典型的なエリートたちだったという。
山崎豊子の「不毛地帯」のモデルと言われる瀬島隆三もこういったエリートの一人だった。

余談になるが山崎豊子と「不毛地帯」功罪は実在の瀬島をモデルにしたために、実際の瀬島とは異なる瀬島像(作品中では壱岐)が真実の瀬島のように描かれている点だ。




「不毛地帯」では主人公は壮絶なシベリア抑留体験を経験している。しかし、実際の瀬島は将校として軽労働に従事していたといわれる。さらにシベリア抑留に伴う日本兵の扱いについてソ連側と密約をした立役者だったという論すらある。




いずれにせよ、こういったよく言えば「純粋な」しかし「頭でっかち」の若者たちが日本の戦争を率いていたことに恐ろしさを感じる。

岡本版ではこのクーデターを企てる主要人物、畑中健二は黒沢年男が演じた。やや狂信的に演じているが、岡本版の公開後、生前の畑中を知る人から「あんな狂人ではない」というクレームがあったそうだ。もっと後輩思いの論理的な人だったとか。

それを受けて原田版では松坂桃李がクールにかつ論理的な雰囲気で演じているのが印象的だ。

しかし、生前の畑中を知る人がどんなに「狂人ではない」とはいえ、この畑中という人物は「国の運命を背負う」にはあまりにも経験不足であり、その重みも全く理解できていなかったとしか言いようがない。
それを「純粋さ」と表現するのであれば「憎むべき純粋さ」だ。

畑中は陸軍大学校出のエリート。映画で描かれた終戦時にはわずか33歳。実戦経験はフィリピンでの1942年の3月から7月までのわずか4か月間。しかもフィリピンに赴任してわずか1か月で戦傷を受けている。帰国して陸軍少佐に昇格している。

他国と戦争をする、ということは世界情勢に対する深い理解と洞察から「日本の勝利」を導く作戦の立案が必要になる。

畑中にはこういったセンスが全くなかった、としか言いようがない。
論理的な人物だった言うが・・・果たしてどの基準をもって論理的と評するのか。

畑中の思想に影響を与えたのは東京帝国大学の平泉澄と言われている。平泉の「諌死」、すなわち天皇が判断を誤った場合には死をもって戒める、という思想に畑中は影響されていた。
しかし、生物学/医学の研究を専門とする私にはこの「諌死」の考えが根底から理解できない。天皇が「判断を誤った」と考える基準はどこにあるのか?その基準はいかにして決めるのか?

文系の研究者にとって客観的事実とか基準というのは研究する上ではあいまいなのだろうか?

一度、平泉の著作なども含めて詳細に検討しなければいけないのだろうが、忙しくてその暇はしばらくないだろう。
これからも自分の中で検討すべき課題としたい。


いずれにせよ、畑中を支配していたのは「狂気」と言わざるを得ない。

それにしても、昨今はきな臭い。
先日、産経新聞ではある記者が共産党委員長の志位和夫が「天皇陛下」ではなく「天皇」といったことに憤りを表明していた。
私は別にどの政党の支持者でもないが、この産経の記者の主張には非常な違和感を持った。

日本という国が大きな転換点を迎え、激動の時代の幕開けが予感される中、「そこじゃないんだよ」と心から思う。


本作は両方とも見る価値がある。

原田版は今の若い人にとっても受け入れやすい出来だといえる。
若い世代こそ見なければいけない映画がある。

原田版に関してはエンターテイメント性が高められていることから、歴史的正確さに乏しいとの指摘もあるようだ。
しかし、本作品は若い世代にとって「考えるきっかけ」になるはずだ。

以前、木村拓哉主演で「君をわすれない」という映画があった。
特攻隊を描いた映画だったが、まあ、歴史考証はめちゃくちゃでトンデモ映画と言っていいくらいだ。




しかし、「君をわすれない」が公開されたとき、私は塾の講師をしていた。中学生の生徒がこの映画を見て、私に感想文を提出したことがあった。

彼女は特攻の悲劇をこの作品で初めて知り、そこから本当の特攻の歴史を調べ始めていた。

きっかけはなんでもいい。
歴史を学ぶこと、この姿勢が大事なのだ。
スポンサーサイト
  • Date : 2016-02-06 (Sat)
  • Category : 映画
0

Comment

Comment Form

Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
0

Trackback

Trackback URL

検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
Return to Pagetop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。