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「アメリカ、家族のいる風景」



ヴィム・ヴェンダース監督の2006年の作品。

本作品は「パリ・テキサス」以来20年ぶりの脚本のサム・シェパードとヴェンダースが組んだ作品になっている。


  









シェパードというと「ライトスタッフ」で孤高のパイロット、チャック・イエーガーを演じてアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたことから俳優のイメージがあるが、実は劇作家として活躍しておりピュリッツアー賞も受賞している。

  



そんな二人が手を組んだこの作品は、「パリ、アメリカ」の再来ともいえる快作だ。

ドイツ人のヴェンダースはアメリカ文化に深くこだわった作品を発表している。1977年の「アメリカの友人」あたりから始まったアメリカ文化を描く一連の作品は1984年の「パリ、テキサス」で頂点に達したかに見えたが、本作品はそれを超え、さらに老境に差し掛かった監督の描く落ち着いた「老い」をテーマにアメリカ文化を描いている。

  

  



物語は老境に差し掛かったスター映画俳優の主人公が、自分の過去、そして存在を自問し「家族」をキーワードに度を続けるというもの。

作品のモチーフは「老俳優と母の骨壺を抱えて旅する若い女性」として描かれているが、この設定だけでなんと魅力的なことか。そしてこのモチーフは作品全体を通したイメージとして描ききっているのも興味深い。


ヴェンダーズ監督は小津安二郎監督にインスパイアされたことを公言しており、過去にドキュメンタリー映画「東京画」を発表している。

  



また、小津監督へのオマージュに満ちたSF大作「夢の涯てまでも」も発表している。この「夢の涯てまでも」は笠智衆までが出演するほどの入れ込みようなのだが、ヴェンダースを高く評価していた映画評論家の淀川長治氏はあまりの期待外れぶりに数日間寝込んだとか。


ただ「夢の涯てまでも」に関しては劇場公開されたのがかなり大幅にカットされたバージョンだったことを考慮に入れなければいけない(当然、淀川氏が診たのはカット版)。この全長版については長らく見ることが出来ず、わずかに小説版がその片鱗を伝えているにとどまっていたが、最近になってドイツから全長版がDVDで発売され早速見てみたが、やはり全長版にはカット版にない「リズム」があり、映画の評価というのは難しいなあ、ということを実感させられた。


(こちらは幻の全長版が収められたドイツ版DVD)

  
(こちら小説版)


さて、この「アメリカ、家族のいる風景」の描くアメリカ文化を読み解くには、ある一人の画家に注目しなければならない。
20世紀の前半に主に活躍したアメリカの画家、エドワード・ホッパーである。
ホッパーはまさにアメリカの日常生活を切り取った作品を描いたまさに「現代アメリカ文化」を代表する画家といえる。
代表作の「ナイトホークス」が現代にいたるまでアメリカ文化に与えている影響は計り知れない。


ナイトホークス

simpsons-nhawks.jpg



ホッパーの作品はアメリカ映画にも多くの影響を与えている。ちなみにホッパーの「House by the Railroad」はあの「サイコ」のベイツ・モテルをインスパイアしたことで有名だ。

The_House_by_the_Railroad_by_Edward_Hopper_1925.jpg
House by the Railroad

さて、この作品、映画ファンにはちょっとたまらないカメオ出演もある。映画の冒頭で主人公ハワードの主演する映画を監督している映画監督を演じているのはあのジョージ・ケネディだ。「エアポート」シリーズはじめ数多くのアメリカ映画に出演したアカデミー賞受賞俳優だ。日本映画「人間の証明」「復活の日」にも出演したりしたが、一時期は露出も減って東映Vシネマの「復讐は俺がやる」に出ていたり「大丈夫か?」と思っていたが、「裸の銃を持つ男」でコメディのセンスを炸裂させて見事なカムバックを果たしていた。
本作品でもコミカルに嬉々として映画監督を演じているのが長年の映画ファンにはたまらない。



さて、最後にこの作品の原題の意味について。
「アメリカ、家族のいる風景」という邦題をは似ても似つかない原題は「Don't come knocking」。
そのまま翻訳すると「ほっといてくれ」という意味になるかな?

この文章が劇中で登場するのは一か所だけ。
主人公がロケ先で使っている控室のバンの台所に「Don't come knockin」と書かれた札がぶらさがっている。
だが、なぜこれが映画の題名になっているのか?

これは「Don't come knocking」という映画表現の起源にいたるまで考えないと理解できない。

実はDon't come knockingのもとになった表現は
「If the van is rocking, don't come knocking」というものである。
直訳すると「(車の)バンが揺れていたら、ノックするな」ということ。RockingとKnockingが韻を踏んでいる。

勘のいい読者は御分かりと思う。

これは、ステーションワゴンというかバン型の車がアメリカで売れたときに後部の荷物置きで性交渉をするカップルが増えた時にできたジョークなのだ。
「もしバンが揺れていたら(性交渉しているのだから)、ノックしないで(=ほっといて)」ということになる。

この作品の主人公、ハワードは女性関係のスキャンダルを数多く起こした男で、非常にだらしない。
いつも性交渉しまくっている様子が描かれている(もちろん上記の自分の控室のバンでもだ)。さらに彼の生き様は「ほっといてくれ」の一言で表現される投げやりで無責任なものだった。

この二つが見事に融合しているのだ本作品だ。
若き日の性に関するだらしなさが、一夜の関係で子供をはらませ、その子供に関しても長い間「ほっといてくれ」と言わんばかりに、知ろうとしなかった主人公。

老境に差し掛かり、満たされない思いが、映画の撮影現場を抜け出て 「家族」を求めた旅に主人公を駆り立てる。
そして、行方不明になった彼を探して追いかけてくる映画会社の探偵、これに対して主人公が抱く思いも「ほっといてくれ」だ。

つまり、これは老境にさしかかったヴェンダース監督と主演/脚本を担当したシェパードの複雑な「ほっといて」でも「ほっとかないで」という想いを描いた作品なのかもしれない。
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  • Date : 2015-09-25 (Fri)
  • Category : 映画
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